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楽しかった父の三回忌

 8月21日(父の命日)に三回忌が行われました。

場所は岩手の実家近くのお寺です。

長い盆休みの終わり頃、20日にで岩手に行きました。

今回は家族もさそってみました。

帰りの日、22日どこかに観光で行こうということになりました。

私にとって、充実したとても楽しい旅行になったと思います。 

続き

 8月12日。

パートの盆休み2日目、いつものようにネットカフェに入るため、

お弁当を買った私は、エレベーターに乗りました。

チン、3階です。

外に出た時、会員証を出そうとバックを見ると

携帯が光っています。

見ると弟から着信、メールもあります。

ピンときました。

「ついに来たか」

   すぐに折り返しの電話

「はい」

    数回のコールですぐつながりました。

    向こうも急いでいる様子です。

「なに?」

「メール見た?」

「いや、まだ」

「急にきまって悪いのだけど、21日三回忌やることになった。」

「うん」

「どうする?」

「参加する」

          即答だった。

「何人?」

「・・・・・・・・」

「なんにんって・・???・・・・また後で連絡するね」

「わかった」

          そこで終わり、お店に入ってから

            メールも見てみた。

「今月の21日に、三回忌やることになったんで、来てちょうだい」



時間をみたら、9時頃だった。

私ものんきだけど、あっちもずいぶんのんきだよなあ・・・。

でも、こんなこともあろうかと、8月10日の仕事納の日、

仕事初めの日の8月22日を有給休暇にしておいた。

よかった!

余裕をもって旅行したいからね。

帰ってすぐに仕事もきついから・・・・。



さっそく、同じく盆休みで暇をもてあましている?夫と、20日~

22日たまたまお休みだった、田舎いきたがりの長女を誘ってみた。

はじめは

「いや、いいよ~」

「お母さん一人で行きなよ」

二人とも遠慮しているだけなのか、本当に乗りきじゃないのか

よくわからない。

「あんた、おばあちゃんのお見舞いにもいかなかったじゃない」

「一回忌にも参加しなかったし・・・・」

いかにおばあちゃんに対してごぶさたしているかを

強調した。

・・・・・・・・・・・・・・

「そうだね」

主人はすぐに行く気になった。

むしろ、行きたかったみたいだ。

娘は、お金の問題らしかった。(新しいpc購入予定)

「お金ないから無理!」というから、

「旅費なら、だしてあげるよ」っていったら、

「そんならいく!いく!」と、こっちも即決!

というわけで、父の三回忌は三人で参加することに決定した。




「三人ね」

「わかった」

いろいろ問題はあるけど、どうにかなるだろう。

難しく考えないように日々をすごした。

本当は、次女や三女も連れていきたかった。

今年は頑張って家族で花火大会に出かけたが、その後外出が難しい次女。

定休日が決まっていて、シフトが難しい三女。

一応二人にも確認をとり、無理してでも行かせようと誘ったが、やっぱり難しかった。

二人とも、残念がっていたのだ。

じゃあ、猫の世話よろしくね!

そう、もともと全員行くのは無理なんだ。

断念せざるを得ない。




前回の失敗もあり、新幹線の指定席券は早めに購入することにした。

(いや、前回の失敗は、時間を間違えたことだったけど・・・)

三人並んで座り、優雅に楽しく旅行したい!と思った。

14日、長女と夫三人で映画「アリス」を観に行った。

帰り道、量販電機店をあちこち回り、娘のpcを注文。

自宅に最寄りの駅についてから

二人を先に帰して、自分だけ切符売り場に行った。

乗車券と新幹線の指定席を購入するためである。

お盆のUターンラッシュが始まっている。

逆にこれから東北方面に行く人はあんまりいないだろう。

慌てなくて大丈夫だとわかっていても、

どうしても、その日買わずにはいられない。

夫と娘は仕事があるので20日の夕方と決まっている。

問題は私だ。

ひとりで先に帰ることも可能である。

ずーっと休みなんだから。

どうしよう

このとき、ちょっとざわざわした。

と、いうのは、これが母とすごす最後の盆休みかもしれないと

思ったからだ。

わたしだけ早くいくべきか?

それとも・・・・・・。

しかし、三人分一緒に買えば、一緒に座れるし

旅路も楽しいとしっていた。猫の世話もあるしね。


母はまだまだ大丈夫!

わたしは、自分の直観を信じることにした。


19日の朝、

弟から電話があった。

いつ帰るの?

「20日の夕方、三人とも」

「きっぶ買ったんだっけ?」

「うん」

「なんで?」

「今日、花火やるらしい」


どうやら17日の花火大会が19日に延期になったらしい。

残念だよね。

一日早ければ見れたのに・・・・・。



お盆も、お祭りも、花火大会も終わってしまう、

また来年・・・・か。

ちょっとさみしくて、

後悔したような気分になった。

毎年、毎年こうなんだよね。

私って。

父と過ごせるはずだった、3年前の夏、お盆、お祭り、

花火大会。

田舎に帰らなかった。

いや、正確には、18歳からほとんど

ずっとだ。

せめて今年は、母と過ごせばよかったかもしれない。

でももう決まったことだ。



 8月20日、私は準備をすべて整え、11時頃家をでた。

2日ぐらい寝不足で、大掃除までしてしまい、すでにくたくた

ネットカフェで飲みながら、

ゆっくり休みたかった。

大きな荷物はあとからくるであろう夫に頼んで、

小さなショルダーばっく(パート用)一つで家をでた。

いろんな意味で身軽になったと感じ、気持ちよかった。

さあ、自由だ!!

家も外も、相変わらず、くそ暑い!

自宅にいると、次々と出てくる汗がうっとおしかった。

これでは、夕方までにまいってしまう。

そう思った。

ネットカフェは涼しい!

眠れる!(結局眠れなかったけどね)

天国だ!




 夕方、16時頃、駅前で待ち合わせ。

夫、長女、二人ともぴったり時間通り来ていた。(この二人は時間に厳しい)

大宮に向かう。

18時46分発のはやぶさに乗るよていだった。

大宮についてから1時間後、時間はたっぷりあるのはずなのに

に時の流れが妙に早い、お土産を購入したり、駅弁買ったり、トイレ入ったり、

私たち三人は、ぎりぎりにホームに出た。

東京は台風で大荒れだったけど、新幹線は予定通り出発した。



乗って最初にしたことはやっぱり、駅弁。

ベジタブルの小カロリーのを選んで正解だった。

こうゆうときは、食欲があまりない。緊張とスピードの

関係で、食べられないこともあるくらいだ。

今回は家族旅行だったからあんがい美味しく食べることができ、

ペロリと全部平らげた。

長女は、すぐに食べなかったが、牛丼がやたらおいしそうで

やっぱり全部たいらげていた。

駅弁って高いけどはずれがない。

どうしてこんなに上品で美味なんだろう。いつも感心する。

そのあとの2時間、音楽を聴いたり、パンフレットみたり、おしゃべりしたり

寝たり・・・・あっという間に目的地に着いた。

駅の待合室に弟が迎えに来てくれた。

買い物をすませ、30分ぐらいで、実家についた。

年取った母が笑顔で迎えてくれた。

「ただいま~」

「おかえり」

私は夜空をみあげて、

実感する。

かえって来たんだな~。





しばらくして、

隣に住んでいる姉が来ておしゃべり。

その日は、みんなでお風呂をもらうことにした。

夫と娘が30分後に姉の家に行く。


少しのあいだ

母と、二人だけになった。

実はこの日、8月20日、母の誕生日だった。

父は母の誕生日の翌日亡くなったのだ。

83歳になった。

買ってきたプレゼントをわたした。

安物の洋服だったが、とっても喜んでくれたのでよかった!

誕生日だとわかってくれたの?

と聞かれ、

「うん」とうなずいたら

にっこり笑ってくれた。

誕生日にプレゼントは30年ぶりかもしれない。






私も姉の家に行った。

姉の息子(高校生4男)32歳の次男)がいた。

びっくり!なんだかやたら(縦のと横のと・・・)大きくなっている。

長女がお風呂に入っている間、姉と再び雑談を楽しんだ。

姉とは話すことがいくらでもあるからきりがない。

風呂にもはいったら12時を回っていた。

先にプレゼントしておいてよかったよ。

父が亡くなったのは零時47分

私がお風呂にはいったあとぐらいだっただろうが

誰も意識はしていなかった。


自宅に戻った。

誰が敷いたのだろうか?布団が三つきれいに敷かれてあった。

これには、ちょっと感激!!

奥の座敷はひろびろとしていて、片付いていた。

三枚の布団が敷いてあっても、まだまだ余裕である。

天井も、ふすまも、床の間も

旅館のように美しい。

これこそ、田舎の美、日本の正しい寝室!

そして、けだもの・・・猫がいない世界だ!!



すぐに布団に入った。

もう、寝るしかないっしょ!


涼しいし、


おなか一杯だし


眠い   (ここんとこ毎日2時間~3時間睡眠だった)

なのに

なのに

この日もなかなか眠れなかった。



1時、2時、3時・・・・・


長女はしばらくおしゃべりにつきあってくれたが

1時ごろねてしまう

主人は問題外。


2時ごろ、長女が寝言を言い始めた。

歯ぎしりもしている。

ギリ、ギリ、ギリ・・・・



そして、

居間のほうで、ガタ・・

ガタ・・・・   ガタ・・・・

物音がするのだ。

なんだろう?


なんだろう?

いろんなことがぐるぐるしてきて

やっぱり眠れない・・・・。



そんなこんなで、あたりがうっすら明るくなってくるまで

眠ることができなかった。

ま、想定内。

しかたない。






  8月21日(父の命日)

朝、7時ぐらいに目がさめた。外は曇り

神社はあきらめ、二度寝しようとしたが

おなかがすいていたので、主人とパンを食べた。

缶コーヒーも買っておいてよかった。


8時くらいから、テレビをみたり、準備を始めたり・・・

オリンピックの閉会式?野球?

わすれたけど、やっていた。

9時ごろ、盛岡に住んでいる看護婦のおばちゃん(母の妹)も来た。9時半、

姉が来て、引き出物とか、お墓詣りの小道具?など、いろいろ運んでくれていた。

母が血圧計を取り出して測定していた。

200?

ちょっと、高すぎない?

おばちゃんが見ている中何度も

何度も図りなおしていた。

私も図ってみたら、200近くあって驚いた。

マジ?


10時頃、お寺に向かうため、全員それぞれの車に乗り込んだ。

10じ半少し前到着。

姉と私の家族いがいはまだ来ていない。

40畳ぐらいのお座敷。

ここでお食事会をするだろう。


押し入れにたくさん座布団がはいっていた。

3枚くらい出して、座っていたが、まだ開始時間まで30分もある。

夫が、お母さんに横になるように勧めていた。

待っているあいだ、母と寝ころんでいることにした。

母も私も血圧が高くやばかったし、畳をみたら眠たくなった。

そのときは血圧は180~160ぐらい。それでもまだ高い。

母は、やっぱり気分が悪かったのか、素直に横になっていた。

パニック?心臓のドキドキがとまらない。

やばいよ

高血圧と、寝不足と、疲労と・・・原因はいろいろ

とにかく休んだほうがいい。

看護婦のおばちゃんがいろいろアドバイスしてくれて助かった。

ぎりぎりになっても寝ころんでいる、私と母(なぜか娘も)をみて、

弟があきれていたそうだ。

11時10分ぐらい前、やっと起き上がって、みんなで下に行った。

親戚が、たくさん集まっていた。

「久しぶりです」

挨拶をしながら、ニコニコしていた。

前歯がない私は、口を閉じたまま微笑むのが正しいが、

それは無理だとわかった。話すと口は開くし、

笑うときはやっぱり、前歯が丸見えである。

美しい笑顔には真っ白で健康的な歯が必須、

芸能人は歯が命、

つくづく感じた。

弟が前もって頼んでおいたマスクをそっと渡してくれたが、

暑いし、喪服にマスクは似合わない。

怪しい感じになってしまうので、やめることにした。




 午前11時、和尚さんが現れ、予定通り法要が行われた。

今回は全員で15人ぐらいの参加だった。

父の妹(おばちゃん70代)二人、本家の婿養子60代(一番上座)

姉夫婦二人(ちょうど還暦)、私たち夫婦二人(50代半ば)、姉の次男(32歳)、我が家の長女(30)

、それと母の妹(65ぐらい)超若作り。

父の弟の嫁(70代)祖母の兄弟の長男(60代後半)

・・・・・。みーんな顔見知りで付き合いが長い、母を筆頭に高齢者が多い。

今回は、私の娘が一番若いのかな。

ちなみに私は女で2番目に若いのだった。

しかし、鏡をみるとすんげー更けている。

全体的に過去から一気にタイムスリップした感じであった。

あんなに可愛かった弟や、姉の息子、夫、

美しかった、母、おばちゃん達、

みーんな、みーんな年を取っている。

娘がやたら若く、かわいく見えた。



今回は、遠い親戚の友達は招待しなかったみたいで、ちょっと残念。

(美人だし、明るいいので、おじさん達に人気だった)


法事は滞りなく行われ、お墓詣りも雨がひどくなる前に終わりました。

ついでに夫とふたり、友達のお墓詣りをしました。



12時~お食事会でした。

まずは弟の挨拶。

ちょっとうまくなったかな?

つぎにお師匠さんの挨拶。

なぜ、2年目が三回忌なのか?

法事の時、親戚が集まり、みんなでお食事することが

とても大事で、それぞれが参加しあうことで得を積むことになる

などど、短いわかりやすい言葉で説明してくれました。


和尚さんは、前回の一回忌では挨拶もそこそこ、食事会には参加せず

すぐにお帰りになられましたが、今回は食事会にも参加していました。

スピリチャルが好きな私は

いろんなお話を聞くチャンスかもしれないのに、

私はこの和尚さん、あまり信頼していないようです。

実はこの人、2代目の和尚さん、弟と同い年か、それより下、

集団登校の地域が一緒で、ラジオ体操など、毎朝一緒にやっていました。

場所がお寺の境内の広場だったのです。

わたし達が6年生、弟と彼が低学年だったと思います。

白い半そでのシャツと半ズボンの男の子

いまでも覚えています。

おんなじ顔。賢そうな男の子でした。

それが、こんな偉そうに・・・・

とおもうと。

なかなかねえ・・・・・・。

でも、今年はちょっと貫禄がでてきて、前回とは

違う意味で、なんだかちかよりがたかったです。





お食事会、少人数でしたが盛り上がっていました。

なにしろすごい御馳走です。飲んだり食べたり、おしゃべりしたり、

私なりに楽しく過ごすことができました。



午後3時ぐらいに終了。

それぞれ、引き出物やお膳を持ち帰りました。

いとこ(近い親戚)ばかりでよかったと、母も満足げで、嬉しそうでした。

ただ、私も母もそのときは、ほとんど何も食べられず、

お茶と、お刺身を少し口にするのがやっとでした。どうしてなんだろう?

食べ物を見ているだけで気持ち悪く、最後の〆のお蕎麦も

冷たい汁で、美味しそうなのに食べられない。

メロンも、茶碗蒸しも、お吸い物でさえうけつけないのです。

おかしい。

まずそこに座っているのがやっとでした。

お酒を注いだり、話に立ち上がることはできないと思い、近くの人と

話す事で、時間をやり過ごし、気持ち悪い事も、何も食べられない事も

告げず、怠け者の振りをして、笑顔でごまかしていました。

そうこうしているうちに、本当にめまいがしてきてやばいと思いました。

相手の話し声が聞こえなくなり、すーっと気が遠くなる感じです。

となりに娘がいないことに気づき、私も席をたちました。

階段を降り、外の空気をすったら、急に墓地にいきたくなり

一人で、墓地をさまよっていました。これは、あそこの家

こっちはあの人の・・・・

親戚なんていくらでもいるから、全部回っていたら日が暮れるかもしれない

くらくらしてきました。

お父さんの墓に戻り、お祈りしていたら

落ち着きました。

しばらく瞑想していました。





弟がやってきました。

ろうそくたての、カバーが解けてぐにゃぐにゃになっていたので、お米の入った

おさらと一緒に持ち帰ろうと思い、手にもっていました。

弟に見せたら呆れていて、姉は100均のだからいいよ

いっていました。

風の強い日用のろうそくはよく燃えるので、その火力で

溶けたのでしょう。

みんながいなくなってからグニャリ。

ダイオキシン発生!

父がびっくりして、慌てていたのかも。

「これもってきてよかった?」

おコメとお茶の入ったお皿に関して聞いたら、

そのまま、置いて置くのがよかったと言われ

がっかりしました。

お米とお茶、

何もしらずに、お墓にぶちまいてしまったのです。

ありさん、が食べてくれるでしょう。

ごめんなさい。

役立たずの自分が情けなくなりました。

午後3時、ほぼ解散。招待した親戚がぼちぼち帰っていきました。

後片付けはきつかったけど、ちょっとだけお手伝いしていました。

息子に電話して、玄関でまっているおばちゃん、お酒を飲んだため、

徒歩で帰る人もいます。

私は、娘や母と一緒に、姉の車にのりこみました。

こんなとき、車を持っている人、車の運転できる人は貴重です。

トイレに入っていた看護婦のおばちゃん(母の妹65歳)と、主人(飲みすぎ50代)

は、取り残されていましたが、まあ、いつか迎えがくるでしょう。

帰り道、ひまわりやコスモスがたくさん咲いている家があってきれいだった。

おわった~


ごちそうは、そのまんま家に持ち帰りましたが、なんだか

まだ、食べられない。

仕方なく、お刺身だけ食べて、包みなおしました。

後で夕食のおかずになるからいいのです。

夕方から、弟の車でで温泉いきました。

母と私と娘、三人でお風呂は出産いらい

初めてかもしれません。

露天風呂がきもちよかったです。

自宅に戻り、みんなで食べたおりものの御馳走、チンして

むしゃむしゃ食べました。もう食べられます。半分平らげ

残ったお料理は容器に入れなおし冷蔵庫にいれました。

そして翌日の朝も食べました。

時間がたっても美味しかったです。(費用は5000円くらいかな?)





22日、みんなで龍泉洞に行きました。

自宅から車で1時間半ぐらいの距離です。

近いようで結構、遠い。

でも、82歳の母も一緒に行くことができて

とっても楽しかったです。









5月に脳こうそくで倒れ、6月にやっと退院したばかりの母でしたが、

思ったより元気で安心しました。

しかし、いくら元気な母でも。82歳の病み上がり

龍泉洞の中のきつい階段は無理があったようです。

私だって、大変なのに、そりゃあ無理もない。

母はやっぱり大変そうでしたが、一生懸命歩いてついてきました。

問題は最後です。急こう配の長い階段があります。

250段?

いや絶対無理。

母は、それでも登ろうとしています。

「やめましょう!」

私と母は断念して、引き返すことにしました。




やっぱり、すごく大変だったようです。

主人(50代運動不足)はひーひー言っていました。

娘と弟(スポーツマン)は全然余裕があり、平気そうです。


どこまで行っても、あの感動的な地底湖はみあたらない。

どうしたんだろう?

ちょっと不安になりました。

30年でこんなにかわるものなのか?

地底湖のが依然(30年前)見たときは、美しいブルーでした。

限りなく透明に近いブルー、またはエメラルドグリーンだったのです。

つららのように垂れ下がる鍾乳石はちょっとベージュがかった白でした。

しかし、今回みた龍泉洞は鍾乳洞全体が、白というより、茶色近いベージュでした。

白と青のコントラスト、

あれがよかったのに・・・・・。

後で聞いたら、天候により水の色が違うということでした。

そうか、

以前いったのは天気が良い日だったのかもしれない。

主人や、娘はともかくとして


忙しいのに連れて行ってくれた運転手の弟や、

お年寄りの母には悪いことしました。

歩くのがせいいっぱいで、見学を楽しむどころではなかったと思います。



主人いわく

「俺が昔いったのは、ここではなかった。」

??

いやいや、ここです。



洞窟を出たら、外は晴れていて、むしろ暑いくらいでした。

9度と30度。温度差が激しい!

主人のメガネが白く曇っていました。

外には美しい渓流があり、龍の形をした橋がありました。

その橋を渡り、ふらふらしている母を心配しながら

次の方向にむかいます。きれいな景色だなあ

写真撮りたかったなあ!

アイパット持ってこなかった事、ここで初めて後悔しました。

かわりに長女が写真を数枚とってくれました。




次は新しくできた、博物館に行くことになりましたが、

母は気持ち悪くなったようで、ベンチに少し横になっていました。

5分くらい休んだあと、トイレにいき、そのあとすぐに入館しました。

新龍泉洞博物館。

博物館といっても、やっぱり洞窟です。

寒い!、長い、きつい?

弟がしんぱいして何度も母に確認をとっていました。

階段はあまりないし、200メートルくらいの距離なら母も大丈夫だろうと

いうことで、母も入館することになりました。

そして、ゆっくり、ゆっくり、見物して回りました。

まだ未開発の穴に鍾乳石のドームがあり、

今後が楽しみなところだと思いました。

ぎょ!

出口付近の人形にびっくりさせられました。

説明書きに

「この人形は被害をあたえません」とあり

笑いました。





やっと、外に出た時は、もう小雨が降り始めていました。

母の足取りはもう限界、私もさすがに疲れました。

足元がふらふらしています。



その後みんなで、お昼を食べました。予定通りです。

私と夫は醤油ラーメン(中華そば)と、いわなの握り寿司セット。

母は冷やし中華、娘と弟はカレーを食べました。

これが、おいしいのなんのって。


売店で、いろいろお土産を買って車に乗り込みます。

そのまま実家に戻りました。



帰り道の車の中、

あんなに元気だった母も、無言です。

長女は車酔いしてから、もうずっと前の座席

元気なのは主人だけです。

ひとりでべらべらくっちゃべています。

この人、なんでこんなに元気なんだ?

母が龍泉洞の売店で買ってくれたワサビの揚げせん?

とカニの佃煮?おなじみの「鴎のたまご」

みんなで、ばくばく食べました。

おいしくて、もう止まらない

すごい美味なんです。

食べたら私も元気が出てきました。

午後3時、実家の自宅に到着。

戻って、すぐ寝てしまいました。

目が覚めたら4時20分

実家を4時44分出るよていです。

あわてて帰りじたくをしました。

朝、用意しているから、あとは簡単、

送るものと持っていくものを分けて、車に運びます。

16時55分、弟の車に乗り込みました。

そして母と、見送りに来てくれた姉に簡単な別れを告げます。

二人に見送られながら自宅を出ました。

二人の姿が、どんどん小さくなっていきました。

ばいばい!!

角を曲がるときもう一度振り向いたら

母が見えたので手を振ったのですが

向こうは見えないようでした。





実家から車で30分ぐらい、あっというまに駅に着きました。

「大人の生活倶楽部」のカードでそれぞれの切符を買いました。

今回は駅員さんに聞きながらやったので、主人も私もうまく買うことができました。

一人だと切符をうまく購入できないところが、もうすでに、立派なシルバーだと思いました。

三人並んで座れる座席となるとなかなかみつかりません。

でも、駅員さんが指導してくれたとうりにしていったら、うまく見つかりました。

進行方向最先端

一号車の、2列目です。

大丈夫かなあ?・・・・





出発時間まで少し余裕があったので、みんなでカラオケ行きました。

台風も来ているし、1時間しか時間ないし、帰宅タイムで車混んでるし、

悪条件が重なり、ちょっと無理やりだったかなあとおもったけど

どうしても、歌いたい気分だったのでした。

長女は、アニメソングとかアナ雪(英語)、私は「時代」主人は「シベリア鉄道」?

次に弟が、長淵剛の「素顔」を歌いました。

この「素顔」以前も聞いたけど、さらに上手になっていたのでびっくり!

弟はギター教室で普段から歌を練習してる人。一番声がよく出ていると思いました。

今後が楽しみです。

最後に私が歌います

「誰だってみんな、やさしい人ばかり、だから、おはようございますの

ぼうしやさん!ってあれ」


時間になりました。

歌いたかったのは「猫の森には帰れない」間違えて

選曲して、ギリギリまで歌ったのに、音程が外れてさんざんでした。

誰も、気づいていないといいけど・・・・。

その後、お店を出て、すぐに車で駅に向かいます。

なんか、みんな無言で急いでる様子。

私の「猫の森」の話もあんまり興味ない感じで誰も話に食いついてこない。

?・?・・

このとき私は、新幹線の発車時刻が19時36分だと思い込んでいて、

まだまだ余裕だと勘違いしていました。

あとで、かんがえたら、勘違いのおかげで

パニックにならずにすんだのだと、勘違いに感謝

不思議で妙な気持になりました。




東京行きの新幹線ハヤブサ36号が来たのは19時19分。

あれよ、あれよ、という感じで

ギリギリ乗り込んだという感じでした。

はやぶさ36号の36という数字を36分と思い込んでいたのですね。

怖いと思いました。

一人だったら、絶対乗り遅れていたでしょう。

余裕の私は、改札まで見送りにきてくれた弟に

余裕で手をふり、にっこり笑いました。

弟は、ほぼ、無表情で、手をふっていました。



で、改札から走って、走って一号車。

まもなく電車が来て、三人で乗り込みました。

ある意味駆け込み乗車です。

ふー!!

「あれ、なんでこんなに余裕がないんだ?」

まだ、気が付いていない私がいました。

電車にはもちろん間に合いました。ここまでは想定内。

が、一つ、計算違いにかが付きました。

「夕飯食べていない!!」

車内販売の駅弁はまさかの売り切れでした。

盛岡でも、仙台でも、売り切れ!

愕然としました。

こんなことってあるのでしょうか?

長い人生、いろんな電車にのったけど、

駅弁が売れきれだったことは一度もなく、その現実を

受け入れるのに時間がかかりました。

我々の中で、一番がっかりしていたのは主人で、

車内販売のお姉さんが通りかかるたびに

「弁当、弁当」うるさかったです。

相当おなかがすいていたのでしょうね。

うなだれている夫に、柿ピーを買ってあげました。

私と娘は、仙台名産の笹かまを一枚づつ食べました。

夫は、ピーナッツだけバリバリ食べて、柿の種を

のこして私たちにくれましたが、ピーナッツがないと長女が

切れていました。

「あ~あ」

その後、大宮までじっと我慢しようと覚悟をきめたところ、

ふと、紙袋を見ると、あの緑が目にはいります。

帰り際、とっさに入れた「わさびのかりんとう」でした。

「わさびのかりんとう」がここでも大活躍。

みんなでバリバリ食べまくりました。


掲示板に台風情報が入っています。

でも、まだ大丈夫!

これで、電車が止まったら、どうしていたんだろうと思うと

運がよかったほうだと思いました。



21時、無事に埼玉に戻ってきました。

雨も止んでいました。

台風の影響で、シンカンセンが、15分止まりましたが、それ以外は大丈夫でした。

よかった、よかった。

途中、吉野家で「麦とろ御飯の牛皿」を食べ、自宅についたのが9時半ぐらい。

猫たちがゾロゾロ出てきて出迎えてくれました。

「ただいまでしゅ~」

みやげ話もそこそこで、

すぐに風呂に入ってバタンキュー、でした。



夜中の2時目が覚めて、家事をしてから再び睡眠。

朝の7時頃、主人の声で間が覚め、再び睡眠、

目覚めたら、8月23日の午前10時でした。

こんなによく眠れたのは久しぶり!

その後パートの出ました。

どんなに気を強くもとうと思っても

疲労はかくせません。

動悸、めまい、発汗、眠気・・・さんざんでした。

午後2時、動悸がはげしくなってきたので先輩や上司に話して、10分ぐらい休憩しました。

帰れと言われなかったので助かりました。

無事に復活しました。

倒れなくてよかったです。

帰りはお決まりの漫画喫茶。

マット室のレディーブースで2時間寝ていました。


                                 2016年8月23日18時 記




今、ユーチューブで、リオの閉会式を見ました。

素晴らしかったです。生きててよかった!!

4年後が本当に楽しみです!



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