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映画「風立ちぬ」と祖母の話

昨日、家族でジブリ映画の

「風立ちぬ」を観てきました。

夜中に目覚めた時、映画に関していろんな事を考えて

朝まで眠れなくなりました。

凄い映画だと思います。

映画鑑賞中、祖母を思い出しました。


風立ちぬ

という小説は、たぶんいつか読んだことが

あると思います。

小説の詳しい内容は忘れましたが、予告を見たとき

だいたいどんなものかすぐわかりました。

映画の内容が、あまりにも想像どうりだった

ので、初めてみたような気がしませんでした。



 私の祖母が同じ病気で亡くなりました。

家に帰ってから、少しだけ子供に伝えました。

私は実家が岩手です。岩手の片田舎で生まれました。

祖父母とは小学校2年生ぐらいまで一緒に住んでいました。

しかし、あることが原因で、父と祖父が喧嘩、

家を追い出されてしまったのです。

その後、二世帯住宅みたいな形で別々に生活していました。

なので、同じ屋根の下にいながら、ほとんど会うことはありませんでした。

一緒に住んでいる時も祖母は病弱でした。

とてもやさしいおばあさんで、私は大好きでした。

祖母はいつも家にいました。

家で家事をしたり、縫い物をしている事が多かった。

母は、ほとんど家にいませんでした。

農作業で忙しかったようです。

私達兄弟は、幼少の頃、祖母に面倒をみてもらい育ったようです。

つまり、おばあちゃんっ子です。

祖母は、なぜかいつも咳をしていて、時々痰を吐いていました。

子供だった私は、ただ単に風邪をこじらせて咳をしていると思っていました。

学校で行われる予防接種のツベリクリン反応は、常に陽性で、高学年の頃は2段重ね

に腫れていたので驚きました。兄弟そろってレントゲン検査です。

不思議に思っていました。



私が小学6年の時、祖父が亡くなりました。

自殺でした。

祖父は亡くなる前、脳溢血で倒れ入院していたようです。

退院してからどんな生活をしていたかわかりません。

時々帰省していたおばさんが、一時期一緒に住んでいたのですが、

肋膜炎で入院していた時期もありました。

祖父は祖母の病気に気がつき、悩んでいたのかもしれません。

祖母は、どうして病院にいかなかったのでしょう?

祖父は、それを苦にしてしたかどうかはわかりません。

亡くなった時、遺書も何もなかったようです。

首吊りでした。

近所のおばさんが発見したそうです。

私はその頃、そろばん塾に通っていて、夕方遅く帰って

来て、それを知りました。

親戚が集まってきても、祖母は、部屋の片隅に布団をひいて寝たきりに

なっていました。無気力で何も話せない状態でした。

父が喪主をつとめました。

棺おけに入れる時、涙が止まらなかったそうです。

お葬式が終わり、祖母はすぐに入院しました。



時々遊びに来ていたおばさん(肋膜炎で入院)は、祖母の病気に

気がつかなかったのでしょうか?

一緒に暮らしている時、父と母は気がつかなかったのでしょうか?

いろいろ、考えると祖父母がかわいそうで仕方がない。

結核は、だんだん弱っていく病気、咳も弱いので

あまり気がつかない。

気がついた時は手遅れって事もあるのでしょう。

昔は不治の病だったから、入院しても直らないのです。

祖母は、長い間病弱でした。

おばさんが持ってきてくれる養命酒を飲んでいました。

祖母は、年をとっていたので、病気の進行が遅かったのだと思います。


祖父が亡くなった翌年、祖母が亡くなりました。

病院から戻ってきた時はもう何も話せない。

入院から亡くなるまで、私は一度もお見舞いに行きませんでした。

子供は面会謝絶だったのです。



そんなことを思い出しながら

映画をみていたわけではありませんが、

どうしても思い出してしまいます。

祖母はそれでも76歳まで生きました。

奈緒子さんはもっと長生きしてほしかったです。




喀血するシーンは、いろんなドラマで何度かみていますが

実際はみていません。

全然関係ないのですが、

母が野良仕事から帰って来た時、疲労で鼻血を大量に出している

場面がわすれられません。

次から次から出てくる鼻血を新聞紙でふきとっている母の姿、

その様子を近くで見ているのに、誰も介護しないのです。



祖母は母に対しては、ちょっと冷たい姑だったようです。

後で、聞きたくないようないろんな話を聞きました。

直接祖母が母にいじわるしている場面はみていないけど、

母が鼻血を出した時のあの冷たい態度は何だったのだろう?

母はどうして私に何も買ってくれないのだろう?

子供心に疑問に思っていました。


祖父と父が喧嘩している様子を見たのは一回だけです。

見たというよりは、聞こえてしまったという程度です。

ふだん、ニコニコしていてとてもやさしかった祖父だったので

本当に驚きました。

戦争の当時の事を言いながら、戦争を体験したことがない私達

をなじっていました。



病弱な菜穂子だったけど、

二郎との運命的な出会いで、大恋愛。

絶望的な中で、一生懸命病気と闘おうとします。

二人はとても純粋だと思いました。

そして二郎も夢を実現するためがんばります。

時間との戦いです。

愛する人がいるからがんばれる。

凄いパワーがでる。

短い時間でしたが、とても幸せなひとときだったと思います。

立派な生き方と綺麗な思い出、

ある意味、ずるいと思います。



貧困で、汚い場面しか見てこなかった私は

天才で有望なお坊ちゃん、何の苦労もないお金持ちのお嬢さん、

美しい二人の恋愛が羨ましかった。



宮さんは、忙しすぎる父親と病弱な母に育てられ、

両親に思いっきり甘える事ができなかったけど、

夢を適える事ができるくらいの余裕がある家で育った

お坊ちゃんなんだと思う。






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